花粉症 <ver1.0>

それは鼻の奥を浸水させる。

人の鼻の奧には気管とよばれる空気の為にしつらえられたお忍びの獣道があって、
ここまで水が入り込むと生理的嫌悪に満ちた苦痛を味わうことになる。
しかし花粉症は、ここから水が湧きだす病なのだ。
口蓋の上階、脳の真下で雨漏りのように水がしたたり落ち、溺れかけたとき、
気管を水が過ぎ去る間だけ感じるつんとした、しょっぱい痛みが訪れる。
待てども、しかしいつまでも引き潮にならない。
見えない雨が降っており、見えない屋根の隙間をどんどん腐らせ広げてゆく。
それは年々ひどくなる。修理しようがないのだから。
まつごには重い風邪のように体力を徐々に蒸発させ、くしゃみは思考を引きちぎる。
立ち上がることはできる。すると鼻の奧から滴るものが、透明な鼻血のような体液と判る。
それは永遠に固まらず、溶け出し続ける体力である。
こうして神に祝福された春と秋を奪われ、夏と冬に死ぬ。
これが花粉症である。

<End>