友人づてに、上のような悪趣味な宣伝でなにかトークが行われたらしいことを知りました。
この話題を説明する必要があるときどこかにまとめて書きとめておいたほうが便利と思いつつも、多忙で面倒がっていましたが、この機会に書いておきます。


1.あらまし
身内や自身で性暴力、性犯罪被害を飽きるほど経験し、性にともなう心や体の動きがすっかり精神と剥離し、性があるのが不快だったので、外科的に無くせないかな?と勉強と貯金を始めました。
(一瞬話がそれますが、決定的な性犯罪被害に遭った過去のある人というのは一般に思われるよりもずいぶんいます。殺してくれる優しい加害者は少ないですし、先進国の平均寿命は長いですからね。そんなわけで、男女関わらず性の役割を望まないように見える人を見かけたら、善意でも与えないでおいてあげてください。)
当時人生を生きている理由の大部分が性を否定することでした。
ですが物心ついたときから人格形成と共に育まれる性と、それを除く自分自身との境界線を区別するのは明らかに不可能なので、最終的に可能な限り安全な段取りを準備しつつも、失敗したらまあ死んでもいいか、という結論に至りました。
その当時、同じ目的で同じ内容と思われる手術を行ったことが発見できた記録が1つだけで、その人物は1年後に自殺していたからです。
並行して行うもう一つの手術に至っては、そもそも拷問としてしか記録がありませんでした。

2.手術後
手術は成功しましたが、体の回復に想定の3倍以上の期間がかかりました。
療養にお金がかさみ、身よりもなく寝たきりで仕事もできないので生活費に行き詰まります。
ふと、冷凍庫の中身を考えます。
手術前はあらんかぎりの嫌悪と憎しみの対象だった性器官も、一旦自分と関係が永遠に無くなってしまうと、ただの肉。
当時の2ヶ月半分の生活費のため、twitterで10万円で買い取ってくれる人はいませんかと募集してみることにしました。
ちなみにこういったことは細かい法律が整備されておらず、医院では抜歯した親不知や結石、へその緒などと同じ記念品のような扱いをされています。

3.募集後
購入の意志ありとの連絡が1件届き、直接面会して細かい話をすることになり、なんとか体を引きずり待ち合わせの喫茶店に行ってみました。
ストリッパーの女性(以後Nさん)とのことでした。経緯を話している内に同情してもらったのか、10万円は安すぎるので、せめて私の意向を尊重したいと申し出られます。
私は手術以前の自分のように、手術や術後の生活に必要な最低限の知識が不足し、誤った情報の氾濫に困っているセクシャルマイノリティやその周辺の人達の助けになれたらいい、と伝えてみました。
するとNさんの所属する団体が阿佐ヶ谷で様々なイベントの企画を行っており、マイノリティのための知識を提供するイベントを開催することができるので、それに出演して下さい、という話になりました。

4.準備期間
ここまではよかったのですが、Nさんの所属する団体の代表T氏から後日送られてきた企画書が妙でした。過激な文言を書き連ねて、アンダーグラウンドな催しのような雰囲気です。何度か修正をお願いする内に、返事が来なくなり、会って話したいと会場や喫茶店に呼ばれたり、携帯電話での打ち合わせを求められるようになります。
デザイナーに0から外注すると費用がかかるということで、リハビリということで無料でフライヤー(チラシ)のラフを描き納品すると、後日ラフがほぼそのまま普通紙に印刷され配られてました。
また、主だった告知などで主催のT氏の名前がなぜか記載されておらず、かわりにNさんの名前が主催であるかのように大きく書かれていました。
この時点からT氏は雲隠れする準備をしていたようです。
プロジェクターを使ってセクシャルマイノリティに関する知識を講演するということになっていました。
T氏の招待したフリートークのためのゲストやナレーターが複数おり、その人達と打ち合わせをしなければプレゼンの構成やレジュメの準備ができないのですが、数日おきに連絡してもはぐらかされ、当日の直前に届いた最後の返信は、準備が不可能なので当日初顔合わせでステージ上でフリートークをしましょうというものでした。
TEDみたいなかっこいい講演をする夢やぶれる…

5.当日
ろくでもない準備期間のためあまり休めず、歩くのもやっと、出演料として10万円(内5万円は出演後)を受け取る旨の契約書を書いていること、私が事前にtwitterでしていた真面目な内容のトークになるという告知を見て予約来場する来場客が相当数いるであろうことから、すっかり逃げ場がありませんでしたが、なるべく有意義な話をしようと努めました。しかしそもそも完全に、アングラの猟奇的なイベントというていでナレーターや他のゲストは了解していたらしく、あまり実のある内容にはなりませんでした。
イベントの興行収入はT氏と、T氏の呼んだゲストやスタッフ達が茶封筒で受け取っているのを見たのでほぼそのあたりの懐に入ったことがなんとなくわかりました。
Nさんは会場のテーブルセットなどで何故か自腹を切らされ、赤字になっていました。
そういえば会場のカトラリーやナプキンや調理器具、交通費などは全て私が工面する羽目になったので、手元に残ったのはわずかでした。イベント開始直前、会場の楽屋でメイクをしてもらえる手はずだったのですが、突然高額を請求され、メイクさんにお断りしました。T氏から違う話を聞いていたらしく、せっかくメイクセットを持ってきたのにと怒っていました。これを支払っていたら私も赤字でした。

6.後日
後日、来場者の一人が、過激なアングライベントに行って人肉を食べてきたぞ!といったような主旨の記事を自身のニュースブログで公開して話題になり、使われた会場などに問い合わせが殺到します。
これに対し、会場や企画者、関係者はだんまりを決め込みます。
もともと当日のイベントで意義のある内容は望めないので、トークの映像を記録したHDDを私が受けとり、編集し補足を多数加え、ひとまとまりの役に立つ記事として公開してよいという約束になっていましたが、この時点で映像記録や写真の受け渡しが全て拒否され、騒ぎが落ち着くまで渡せない、だからイベントに関してコメントなどもしないでほしい、と要求されます。
公式がだんまりなので、噂が噂を呼び、なんだか世界中でニュースになります。
この頃には、「現代アーティストがパフォーマンスやインスタレーションの一環で都心の会場で自身の性器を除去」といったような話になって広がっていた気がします。(繰り返しになりますが、私は明確にセクシャルマイノリティの個人として知識の提供のために実名で出演しました)
はじめにゴシップ雑誌やネットメディアなどで想像力の翼はためかせた記事を書かれます。
次に日本の知っている一通りの新聞社から取材を求められ、お断りする返事を返したら取材に応じたという内容を捏造され記事を書かれました。すごい。
ロイター通信やAFP、ドイツのシュピーゲルなど代表的な国際メディアからも取材依頼がきました。これなら大丈夫だろうと取材を受けると、ロイターは道中スーパーで肉を買ってきて、これを調理して「それ」らしく見せてくれと言ってきたり、シュピーゲルは私がいじめに遭っていたから性転換を決意した、というよくわからない記事になりました。AFPはメールインタビューだったので文章を書いて返しました。その後は知りません。
海外のネットニュースの大半はジェンダー団体の圧力か何かで、最低級のゴシップ記事以外はほとんど削除されました。

7.事情聴取
その間、何度も阿佐ヶ谷警察に任意で事情聴取を求められました。
でも数人いる被疑者の一人と言っていたので、多分本当は任意ではないですね。
なんの被疑者か尋ねたら刑事さんがわいせつ物陳列罪と言っていました。
わいせつなものを見せて興奮したり、人を不快にさせようという意志があるという自供を引き出せれば、有罪にできるかもしれないので、と自信なさげに言っていました。
話題になったことで「犯罪が起きたのでは」「犯罪者を捕まえろ」といった警察や区役所に苦情が殺到し、しかたなく動き出したようで、しんどそうにしていたのが印象的です。
とはいえ、二人一組で一人が怒ったそぶりで誘導尋問し、もう片方が合いの手のようにときどきそれを一瞬さえぎる、という典型的な事情聴取でした。
他の被疑者や関係者が全部吐いた、お前は売られた、というような、犯罪集団や暴力団を仲間割れさせて自供を引き出すときに使う常套句をひっきりなしに言われます。
何時間も拘束され、普通に生活できないので、2〜3回目から取調室にスケッチブックを持ち込んで仕事をしてました。(ラフくらいならできた)
ある程度話がまとまってくると、取調室で刑事さんが供述書というのをPCで打ち、その場で私に確認をとりながら印刷するのですが、刑事さんはなるべく罪があるようにしたい立場なので悪く書こうとします。私が止めるたび、いいじゃん、細かいな、チッ、などと威嚇してきます。
この過程があまりに時間がかかって面倒だったので、警察手帳を見せてもらってスケッチブックに肩書と名前をメモし、ご結婚はされてるんですか、奥さんがおられるんですねといったプライベートのことをいくつか尋ねたら、その後は淡々と仕事をしてくれました。地獄か。

8.書類送検
1年以上かけて事情聴取を受けている間に、私が逮捕されたらしいという噂が流れ、友人からメールが来ました。
いくつかの新聞社から「(住所)の自称イラストレーターの男性(名前)がわいせつ物陳列罪で書類送検」といった内容の記事を出していました。
住所、名前、仕事の他にも、刑事さんにしか話していないプライバシーが色々書かれていました。取り調べの最初には、取り調べの内容は決してどこにも口外しないと約束してもらうのですが、マスコミと警察は身内の間柄だから口外にならないようです。
自称、となっていたのは、警察に仕事の詳しい内容を聞かれなかったからだと思いますが、自称という書き方でマスコミでは使うから刑事さんも聞く必要がそもそもなかったようです。闇が深い。

9.検察
場所は変わって、裁判所の上のほうのフロアの一室にこじんまりとしたオフィスがあり、そこで検察さんが待っていました。40〜50代の女性の方で、丁寧で中立的な物腰でした。
供述書の内容についていくつか質問を受け、答えていきました。
それらは数分で終わり、最後の質問に答えた直後、検察の方が顔を近づけ、10秒ほどじっと私の目を見つめました。大抵の嘘は見通してしまいそうな目でした。
その後、不起訴であることを告げられました。
不起訴というのは事件として立件し調査した結果、犯罪として起訴しないということで、ただしいつでも起訴や再調査が可能なので、お互い面倒に巻き込まれてしんどいからこの件については盛り上げたりせず黙っててね、という説明を受けて帰りました。

10.おわり
弁護士さんではないので詳しくありませんが、もう何年も前に時効になっているのでざっとこのように書きとめました。
チンピラやストーカーの標的になったり、ハワイのジェンダー団体にうちへ逃げてきなよと誘われたり、日本の団体からAngelic Asexualという新しいジェンダー名を提唱してはどうかとよくわからない連絡が来たり(私はAsexual Asexualityが字義としては適切かなと思います。Gorilla Gorillaみたいな)、話題になった頃にわっと薄い知人たちが距離をつめてきて問題になった頃に引き潮のように消えたり、そういった手術以外の色々のストレスでしばらく離人症になったり(前例の人の自殺の原因はホルモン補充を怠った急性更年期障害でなければこのへんのストレスの気がします)あらんかぎりの面倒くさいことが色々ありましたが、とにかく手術自体大成功で、経過は安定し幸せに生きています。性のない人生は最高。完。
よくある質問
1.料理したの?→できる人もしたい人もいないしお金もかかるしで自分でしました
2.食べたの?→一切れもらったので頂きました。牛や豚で料理して予習してたので大体予想通りの味。
3.術後の変化は?→男性を男性として、女性を女性として認識できなくなり、自分と違う種類の哺乳類のオスやメスという感じになります。美しい男性や女性がモチーフの作品の9割の魅力がよくわからなくなります。それ以外のものの良さが何割増しか詳しくわかるようになります。アンドロゲンかエストロゲンを少量定期補充しないと更年期障害になります。
4.今後無性についての知識を本にまとめたりしますか?→しません
※LGBTの方々のように母数が多くて周知や権利を欲したりするほど当事者が多くないので今は数年に一度届く質問に個別に答えるだけで十数年〜数十年は問題ないような気がします。本当に必要な人は自分で勉強して解決できることが大半かと思うので。

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