焚上

 作業が終わって食事を済ませると時間の空白が広がっている。
全ての愛しい友人達は各々の家族に寄り添って静まり返っている。
包まっていた毛布を寝所に放り投げると空白はがらんどうにいや増す。
外套と首巻きをまとって空白を埋める。その黒いコートに鍵と小銭を投げ捨てて沈める。

 都市の凡その明かりが閉じて深まった闇にコートが沈殿する。
その無風の夜道は掃除をしすぎて茫漠の砂漠となった自室と同じように寒い。
靴を履こうが玄関を出ようが夜の砂漠を歩いて抜け出せるものではない。

 恵方にひたすら進むと神社に行き着くはずだった。
細い路地を深く入ったつきあたりを曲がると待ち伏せするように男達がたたずんでいる。
その男達をまっすぐ見つめて歩みより尋ねると直ちに神社に着いた。

 境内の中央に巨人の緋色の宝石箱のような物が戴かれ、近づくとそれが炎だった。
炎は無数の蜥蜴の手のように踊ったかと思えば大蛇の舌に変化し、星空に届くほど高く火の粉を吐いた。
巨人の箱は花の透かし彫りの金属細工で、その中で炎の蛇は首を無限に生やしている。
火の粉を吐くたび蛇の首が宙返りして手近な芽の輪や破魔矢にぐるぐると巻きついた。

 抱き竦められた藁や棒きれは忽ち炎の翼の鷲になって、箱を内から吹き飛ばそうと羽ばたいた。
火の粉の天の川が満点に広がり、それに混じって消し炭が蝙蝠のように勢い躍りでた。
人間の子供の背丈もある芽の輪が、木板が、紙袋が次々と転生し夜空に戯れる。
焚上を待つ神具の山はなおもうず高い。

 ぐるりを暖かで清潔にしたしめた火を拝みながら人々が神酒を交わす。
大蛇は丸呑みした牛の骨を吐くように太く黒い炭を吐く。
その炭が火かき棒で砕かれると突いた鳥の群れのように火の粉が一斉に舞う。
炎と酒と笑顔が際限無く振舞われ続けている。
年始の祝福を祝う拝火は明け方までもたらされる。私は肩を煤払いし、帰って初夢を見る。


<終>